納棺

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<この記事を書いた人>

父がお棺に入る。

本来はお豆腐を食べたり、そう言う儀式があるんだそう。

我が家はそれはせずに、父の顔を拭いてあげた程度ですが、納棺の儀式をしました。

その日の朝に私と子供達で父に手紙を書きました。

長男は3枚に渡り手紙を書いていました。

中身は知らないけれど、言いたかったことを言えなかった、と。

納棺の前にジィジにちゃんと伝えなよ

と私が声をかけると、長男は耳元でこそこそと父に何かを伝えていました。

長男は初めての男の子の孫で、父はとても可愛がってくれていました。

その気持ちを十分に受け止めていた長男。

堅物で難しい父でしたが、それでも長男は父にくっついて色々なところへ行きました。

父と尾瀬にも行ったし、父のお墓まいりにもよくくっ付いて行っては一緒にご飯を食べたりして。

そんな小さな思い出から、大きな思い出までたくさん思い出づくりをしました。

父親のいない長男にとって、一番身近な大人の男性が父でした。

父親がわりとは全く思いませんが、でも今となってはとても父に感謝しています。

長男はまためそめそと泣きまくり。

でも、目を背けることなくきちんと参加したのは立派だなと思いました。

なんだか眠っているような父ですが、お棺に入ると一気にお別れが目前に迫っていると実感して、私は少し戸惑っています。

でも、少しずつ顔が変化しているので、これ以上家に置いておくのもかわいそうと言う気持ちもあります。

お棺に入った父の手のそばに私たちの手紙を入れました。

私は、パパとゆっくり話してね、と書きました。

父の顔を見るたびに、穏やかだな、と思います。

死への恐怖から、癌の苦しさから解放された父。

登山が大好きだった父。

白装束には着替えずに、山の格好で旅立つことになりました。

それが、父らしい、と。

母は、その時だけ、一瞬泣いていました。

夫婦50年近く連れ添ってきた別れって、私とはまた全く違う感覚ですよね。

私の時はとにかくずっと泣いていましたが、母は入れ替わり立ち替わり手を合わせに来てくださる方の対応で泣いている暇も無い様子。

ただ、介護生活も終わりホッとしている部分もあるようです。

でも、悲しみ、寂しさはこの後、ふとした時にやってくるのかなぁって思います。

未亡人では私が先輩なので、支えたいと思います。

いよいよ、父の肉体との別れも迫ってきています。

 

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