死別直後を知ってくれている人が居ますか?
死別後一番最初に出会った、死別シングルマザーのNさん。
私のメンターです。
その方に、久しぶりに会ってきました。
自分のがんばりを話ができる人がいる事はありがたいです。
伝えたら、そりゃ「頑張ったね」と言ってもらえるのは分かっていますが、でもその一言はとても嬉しい事です。
こういう言葉は聞いているだけでも、嬉しいという感情が沸き上がります。
Nさんの場合はずっと頑張ってきたことを知ってくれている人だし、その過程を都度相談しているから、私の小さな迷いとか、ちょっとしたもどかしさとか、それをあがきが奈らも解決していく過程を分かってくれています。
その頑張りが一体どう言うものか、どう私が頑張っていたかを知ってくれている人の「頑張ったね」は、すっと自分に溶け込み染み渡ります。
自分だけの考えでが「わたし、頑張ってきた」と、頭では分かっていても、なんだか母親として当たり前だったり、むしろ足りないんじゃないかと思う気持ちも湧き上がります。
それは多分自分の思考の癖なだけで、実際は本当に頑張っているのです。
それを立ち止まって気づかせてもらえる人との関係を持ちましょう。
味わって、頑張ったことを受け入れたら、それが次に進む力になるからです。
日々死別から日が経つと、余りにも死別の強烈な苦しさを乗り越えた経験から、日々の頑張りが些細なことに感じてしまいます。
でも、死別直後が非日常すぎるほどの頑張りなだけであって、そこと比べては、どれも些細な頑張りで、ほめるべきほどのことではないと錯覚しがちです。
だから、どの頑張りも客観的に頑張っていることを知っていてくれる人がいたら、自分のパワーになりますよ。
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