それでも、私たちは生きて行く。

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<この記事を書いた人>

横浜にパン屋さんが増えて嬉しい。ニューヨークで食べたキャロットケーキが忘れられない私。

早速食べてみた(手前)けれど、もっとスパイスが効いていて欲しかった!若かりし日に行ったニューヨークに想いを馳せる。

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時間軸の違いを感じたことがありませんか?

普段でもありますよね。

待ち合わせの時間を指定しても、ものすごく早く来る人と、ギリギリの人。

遅刻しても平気な人もいれば、5分前に来ても自分の方が遅れたらえらく恐縮しする人もいる。

同じ24時間を与えられているのに進み方感じ方はそれぞれです。

死別したら、一旦は時計が壊れるもの

死別したら、その時に時計が壊れてしまう感覚を持つかもしれません。

時が止まったような感覚があったり、毎日が重くてなかなか時計が進まないような感覚だったり。

毎日朝はやってくるのに、時は止まってしまっているような感覚です。

周りの人の日常はもちろん変わっていませんので、いつも通り、時はどんどんとすぎてゆきます。

半年も経つと

もう元気になった?

いつまでも落ち込んでいると、故人も浮かばれないよ

とか言われてしまって、感覚のズレに戸惑うこともあるでしょう。

子供の頃に、つまらない授業が長く感じて、楽しい時間があっという間にすぎるように感じたように、旦那さんがいたときの楽しく愛しい時間を失い、その反動で辛いのだから、毎日が重くなかなか進まないような感覚があるのは至極当然です。

私たちは日常の環境自体が大きく変わっています。

だから、そういう感覚のズレと言うのが経験していない人との間で必ずあると言うことを、ご自身の認識として持っておく事です。

それに傷つく必要もないからね。

その人が大切な分、時間がかかるものだから。

それでも生きて行く

キツい様ですが、それでも毎朝やってきて、暗い心に太陽は光を照りつけるものです。

光が眩しすぎて、私のように引きこもることもあるでしょう。

でも、その日差しがぽかぽかと暖かく、心地よくなる感覚も出てきます。

油断すると、またガクッと落ち込む日もあるでしょう。

本当にそれひとつづつは、自然なことであるから、その感覚に従ってみたらいい。

なんだか心地いいと感じる日はお出かけしてみる。

無理だなと思えば、朝から一日布団の中で泣いたっていいじゃないですか。

周りの人にも、

とは言うものの、なかなか気持ちはついていけないものよ

と言えるようなら言ってみる。

言えないようなら、一旦距離を置いて見ればいいです。

「今ここ」を生きることはとても大切な反面、10年後も状況が全く変わらないかと言うと、そうでもないと言う長期的希望も持ちましょう。

嫌でも毎朝やってきて、毎日を生きていく。

無理しても仕方ないけれど、一緒に作戦を考えることはできます。

大丈夫、大丈夫!

 

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