死別後の日常を変える ②

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<この記事を書いた人>

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これからを変えたいのなら

日常を変えるのには、ちょっと頑張りが必要な時があります。
死別をして、その後の心も体も疲れ切っているのに、もっと頑張れなんて酷かもしれません。
だから私は、心をある程度お休みさせる必要はあると思っています。
自分の日常を変えようかな、と思う瞬間が来るので、その時に自分が気付くか気づかないか、乗るのか乗らないのか、そこだと思います。

このままじゃ嫌が原動力

このままじゃ嫌だと思えば、「自然」に何かしらアクションを起こしますよね。
ネットで何かを検索することもそうだし、そこから誰かに会いにいくとか、誰かと繋がるとか。
もうちょっと気合いを入れた場合、アドバイスを受けるなんてことも起こってくるでしょう。
面倒でもそれをしてみようと思うと、少し頑張りが必要になってきます。

私のクライアントさんの一例

アファメーション的なことを3週間やってみようかと提案しました。
多くの人に伝えていることなのだけど、続けたという人がほぼゼロ。
私はやり切って日常が変わったんだど、結局みんなやらないんですよね。
とお伝えしたら、
私やります!
と、チャレンジされました。
最初はすごく辛かったとおっしゃっていたんですが、真摯に続けられました。
続けたら、最初の抵抗感が取れて、受け入れられるようになった、と。
日常の「自分」の捉え方が変わるので、行動力もアップしたり、自分の感情のコントロールできるので、迷いも少なくなるように変化していきました。
その過程で、本当に辛いこともたくさんあります。
周りは変わらないで、自分だけが変わろうとするので、周りは引き戻そうとしますから踏ん張らないとけない。
その中で彼女は、辛かったら、辛いですとヘルプを出されていました。
たくさん涙で自分の過去の溜まっていたものを洗い流しました。
自分に大切なものは大切に、そうではないものは手放しました。
いつも、彼女のこのままじゃ嫌という「覚悟」みたいなものは感じていました。
だから、きっと大丈夫と私は信じでいました。
先日、ご自身の口から
自分は大丈夫だな
と、おっしゃった。
自己肯定感をご自身で感じられた瞬間です。
そこに私も立ち会えたことが本当に感動でした。
でも、本当に本当に自分に向き合って踏ん張って頑張りました。
産みの苦しみって、やはり伴います。
死別の苦しさとは別の苦しさです。
でも苦しくても彼女はやり続けました。
もちろん慣れ親しんだ考え方はすっぱり消えて無くならないので、たまに引き戻されそうになるけれど、自分でコントロールできるようになるから、楽ですよね。
それを習慣化してしまえば、それが自分の日常です。
自分がどうなりたいか?最初はぼんやりでいいのです。
このままが嫌と思えば、このままではない方向に進んで、その中でどうなりたいか見つければいい。

 

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