お仏壇を取っ払いました
お仏壇の外枠の箱(?)を取っ払いました。
子どもたちが幼い時は寝室に置いていて、寝るときに一緒にいられるようでなんだか安心していました。
家族で部屋をそれぞれに持つようになり、仏壇はリビングへ移動。
限られたスペースに置く仏壇はなんだか窮屈でした。
暫定的にそのまま置いていましたが、夫の友達の和尚さんから、なくてもいいと言われ早数年。
先日ヒーラーさんに夫を上の世界にあげてもらうセッションをしてもらい、私の中で仏壇に向かい手を合わせることに対するこだわりが取っ払われました。
そこでふと、一旦取っ払ってみようと思い立ち、外側の箱だけ外してみました。
手を合わせることにこだわっていた自分
毎日夫に手を合わせることで、自分の調子を見ていました。
夫に手を合わせることすら辛かった自分や、それすらできないくらい毎日の生活に追われていた自分、夫と対話ができる自分、その都度の自分を知ること、以前の自分との比較でどれくらい前に進んだかを知るために手を合わせることを大事にしていたように思います。
夫に何かを話したいときが以前はたくさんあったから、というのも理由の一つです。
ただ、彼がちゃんと上の世界に行き、彼は彼でやることがあって忙しいとわかってから、手を合わせることの意味がすっかり変わってしまいました。
上の世界にちゃんと行くと、忙しいけれど、何かがあれば自由に降りてきてくれるそう。
なんだか、違う安心感が生まれたことで、手を合わせることは自分のためだったということに気が付きました。
すべて必要な時間
手を合わすことに抵抗がある自分や、夫に毒づいてひどいことを言う自分、穏やかに話しかけらえる自分…今思い返せば、そのすべてが自分に必要な時間だったと思えます。
「夫に手を合わせていたいろいろな自分がいた」という経験は、少しずつ自分が変化した履歴です。
同じ行為をすることで、自分の比較がし易いというのが仏壇に手を合わせる利点だと思います。
お仏壇はそういう意味で自分を測るわかりやすい物差しみたいなものなのかもしれません。
なので、お仏壇を与えてくれた義母に感謝とともに、ここでまた新たに自分らしく進む時期が来たのだと思って手放します。
プロの視点を入れて整える
夫のお友達の神田和尚に早速写真を送り、きちんと並びを整えてもらいました。
むしろ明るくなって良いと言われました。
バランスを考えてほかの小物も新しくしてみようかなと思っていますと伝えたら、神田さんには「変化の時ですね」と言われました。
そうかもしれません。
自分なりの夫との向き合い方を
お仏壇をとっぱらったことで、とても明るくて風通しが良くなった気がしています。
それがいいのかどうかは、これからわかることですが、今の私の気持ちが清々しい。
そして、こだわりすら取っ払われた自分は、なんだか夫から本当に自立して、そんな私に対して彼も安心してくれているようにすら感じます。
それこそ、本当にお互い忙しいから、それぞれ頑張ろうという気持ちです。
なんだか仏壇という箱にこだわって、取ってはいけないような気がしていましたが、そんなことはないようです。
プロのお墨付きもいただいたことですしね。
毎日目に入るところに夫がいます。
その時に自分がすっと自分が受け入れられる、気持ちが上がるような環境にしたいですね。
もう、夫のお仏壇を見ても心がぶれない自分でいられます。
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