夫のことと父のことと

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<この記事を書いた人>

夫は本当に突然、この世を去りました。

亡くなる2週間前、義家族と会食があり、そこで笑いながら話をしました。

写真にも残っているし、だから、誰しもこの34歳という若さで亡くなってしまったということ、受け入れるのに時間がとてもとてもかかりました。

生活を立て直して軌道に乗り、やっと平穏な(と言っても私個人はなかなか落ち着かないですが)生活と笑顔が当たり前のような生活を手に入れました。

その間、子供達は大きな怪我もなく、病気もそこそこでここまでやってこれたので、夫がすごく守ってくれているなぁと思ったのです。

自分の身に起こることも、すべて面白いくらいに「これがベスト」。

辛いこともきついことも、結果的にベストな本当にその時の自分にちょうど良い試練が起きていて、夫に「うーんなかなかやるな(笑)」みたいに思っていました。

そんな中父のことがあり、これもまた、受け入れがたい事実ではあるのですが、これは夫が見守っているという前提で思えば、「ベスト」な経験だったといつか思えるのかな、なんて思うようにしています。

やっぱり、余命宣告なんてとても辛い。

本人が一番きついと思います。

 

ただ、私は何もやりたいことを成し遂げずに(何も、は言い過ぎかな)若くして亡くなった夫の経験があります。

だから、急に人生の幕が降りてしまう経験と、対局な余命宣告という経験をしていますので、「死」にたいする自分の感じ方が兄妹とはまた違った受け止め方をしていると思います。

あまり後ろ向きではなく、よかった部分に目が向けられている自分が今の段階ではいるのです。

やり残しについて考える時間を与えられている。

そんな風にも思えます。

ただ、本人は目の前の事実に一喜一憂していて、それを応援するしかないのですが、それでも応援が他人事ではなく自分ごととして、自分の出来る範囲で、自分の父に対して後悔しない行動はなんだろうと冷静に考えられるようになっていると思います。

父の人生と私の人生は別のもの。

「私」の人生でやり残さないことってなんだろうって思うと、今の所客観的な判断ができて、無理をしないで出来る範囲のことをできていると思います。

私には母がいて、全面的な看病は母なので、生活自体が大きく変わったわけではないから言えることでもあると思いますね。

でも、感情的にならずにできているって、やっぱり夫のことがあったからなのかなと思います。

夫も空からいつも私のことを見ていると思うので、これがベストなんだということなんでしょうね。

 

人は必ずいつかは死ぬ。

父の主治医が言った言葉。

 

それだって人それぞれ違っってて、受け止め方も皆違う。

ただ、そこから自分の人生で後悔のない選択ができるように、無理のない範囲でベストを尽くそうと思います。

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