「知らなかった」という気持ち

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<この記事を書いた人>

息子をいじめていたお母さんから、先日お電話をいただいました。

いろいろと先生方が手を尽くしてくださり、今はその子と仲良くしています。

でも、最近息子がまた少し嫌な思いをしているというので、先生にお話しました。

当時の担任の先生は産休で途中で変わり、今は違う先生です。

現担任はすぐにお母さんに連絡を取ってお話ししたようで、すぐにお母さんから謝罪の電話をいただいたのです。

現時点での私の気持ちですから、その当時の複雑な感情というのはもう済んでいます。

それを乗り越えたことで、息子のこれからの課題というものが見えてきて、その経験は一つの過程だったという気持ちがあるだけです。

今回は息子がその子と今後も仲良くしていくための相談だったので、私が怒っているとか、そういう感情は沈静化しています。

今まで何も知らされていなかったお母さんはきっとショックだったんだろう、と感じました。

私だったら、学校から事実を教えて欲しいと思います。

絶対にうちの子はそんなことをするなんてあり得ない、そう思う人もいるかもしれません。

でも、人は魔がさすときもあるし、そもそも絶対なんて言い切れることの方が少ないのではないのでしょうか?

事実を知ることができたら、そこで考えて軌道修正できるので、受け止めることは大切なのかなと。

知らない方が幸せなこともあります。

ただ、知らなかったら何かズレたまま流れていってしまう。

私は、今回の件で嫌なことでも知りたいなと思いました。

言わないなら、言わない先生の方でも覚悟をしていて欲しかった。

実際は覚悟も何もなかったのだとは思いますが。

「何も知らなくてすみません」というそのお母さんの声が、とても耳に残っています。

きっとショックだったんだろうな、と。

それでも、友だちとして仲良くしてほしいという親心が、すぐに電話をくれたことの表れなのかな、と思いました。

確かにその当時は辛かった。

息子自身も、そんな息子を見ている私も辛かった。

でも、乗り越えられて自信を持つことができたと、嫌なことをされてもその友たちのいいところを素直に認め、今後も友達で居たいという息子の気持ちを汲み、これからもよろしくお願いしますとお話しして終わりました。

私は、相談する夫がいません。

これでよかったのか、わかりません。

ただ、知らなかったことはお母さんの責任じゃなく、ただ、知らなかった、それだけです。

知ったことで、ではこれからどうするか、そこが大事なのかな、と勉強になりました。

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