寸断

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<この記事を書いた人>

息子とサイクリングに出かけてきました。

お弁当を持って、自転車3台並んで川沿いをサイクリング。

ゴールは、京王線の見える河原。そこでお弁当を食べる計画でした。

そうしたら、そこは工事中で、予定していた場所は立ち入り禁止。

彼らはがっかり。

夫と長男と3人で初めてお花見をした場所。そこがもう変わってしまいます。

もしかしたら、なくなってしまうのかもしれません。

なんとなく、ショックでした。

そして、時間がとても経ってしまったと実感したのです。

当時まだ6ヶ月だった頃の息子が、今は8歳ですもんね。月日は流れていたのです。

最初は電車にこだわっていた息子も、それを見てイライラする私も、結局はお腹が空いて、電車の音が聞こえるただの河原でご飯にしました。

お腹が満たされると、お互いに謝って和解。

その思い出の場所にこだわる気持ちも軽くなりました。

思い出は思い出、今は今。

私たちは、今を生きるしかないのです。

 

その場所は、夫と「その時」を楽しんだ場所。

もう過去にとらわれずに自由になっていいんだよ、という夫からのメッセージなのかしら?

私は、夫ほど理解し合えた人はいないような気がしていました。

前を向いているふりをしていても、やっぱりどこか夫にしがみついて、夫との生活を美化しその過去が幸せのピークだと過去ばかりに目がいっていたのかもしれません。

もっと、幸せになれるんだよ。

その場所だけ寸断され立ち入れなくなっている。

お腹が満たされた私を見ながら、夫が笑って話しかけてきたような気がします。

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