いよいよ、今年の集大成。
死別シングルマザーのオンラインお茶会とリアルランチ会が開催されました。
毎月こうして開催できたもの、ご参加いただく死別シングルマザーの方がいたからです。
本当にありがとうございます。
私は、今年で夫を亡くして10年目でした(汗)。
1年間違えていたんですが、それくらい10年って色々あるし、なんだか昔のことが訳がわからなくなるものです(言い訳)。
夫を亡くして10年と言う節目の年に、私は、死別シングルマザーにとって、ずっと必要だと感じていたいた「居場所づくり」に取り掛かることができました。
そして、必要としてくれる方がいることも分かりました。
私たち死別シングルマザーは遺族年金という有難い制度があるが故に(いただいていない方もいる、という事実もあります)、シングルマザーであっても「困った人」と捉えられにくい。
その制度はとてもありがたいものではあるけれど、そうじゃない部分。
見えない「心」というもので困っています。
大切な人を亡くすという辛さ、寂しさ、心細さは、お金には変えがたい問題がある訳です。
でも、「生活にはすぐ困らない人」という括りでは、確かにそうなので、問題とされないのです。
共感できる人とも会うことが困難だし、共感してほしくて友達に話すと、気まずい空気になったり、私たち側にも、やっぱりどこかわかってもらえた感を得られないという問題があります。
私たち死別シングルマザーは、いわゆるひとり親の問題とは少しズレがあるように思います。
ひとり親家庭等の支援について
この支援とはどういうものか?
基本的にひとり親の問題は貧困が占めています。
もちろん就労や収入は、心の安定にもつながります。
しかしながら、支援というカテゴリに関して、死別シングルの求めるものが違うかもしれません。
私は、その前(?)の段階での支援や解決法が必要だと思うんですよね。
死別シングルマザーは全体のシングルマザーの約8%で、未婚シングルさんよりも少ないのです。
圧倒的に少ない死別シングルマザー。
絶対数が少ないから、心の支援に予算は・・いやいや課題にすらなっていない。
私たちが、どう健全に心穏やかに暮らすかは、盛り込まれていません。
だからと言って、私たちが格別かわいそうかというと、それも違うように思います。
特別な存在かというと、そういうわけでもないんです。
この矛盾のような感覚はずっとあります。
でも、そこは私にとっては大きな問題でもないんですよね。
ただ、私たちは大切な人(夫・パートナー)から大切な「生きる」と言うことを教えてもらっている存在。
当事者である私たちが、その価値を分かって生き生きと暮らすことによって、死別を経験していない周りの人たちに良い影響が生まれると思っています。
だから、生き生きと暮らすヒントとか道筋などの具体的な支援があれば、それこそ世界も変わるんじゃないか?くらい思っています。
今年は自分のできることを始めることができました。
それが嬉しい。
でも、動いたことですごくもどかしい気持ちも生まれています。
自分にできることってなんだろう?
来年はもう少し深く考えて、行動できたらなと思っています。
ご清聴ありがとうございました(笑)。
コメント
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初めまして
死別シングルマザーは
そんなに少ないんですね。
確かに私の周りで夫が
既に亡くなったという方は
一人しかいません。
遺族年金は申請しましたが、
それで食べていけるほどの金額
ではなく、
そして、生命保険等で
ただちに生活に困るわけではないけれど
お金ではない
いてくれるだけで安心な存在を
失った絶望感を
どうしたらいいのかわからず
私はここのブログにたどり着き
色んな方のブログを拝見して
慰められています。
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>ふみまるさん
初めまして。
安心な存在を失った絶望感、ありますよね。
そして、周りにロールモデルもいないから、どうして良いかわかりません。
そこを支える制度もなければ、本文でも書きましたが課題にもされていないことが課題の様な気がします。
今は当事者がSNSで発信しているから、少し情報が得られたり慰められたりしますね。
どうぞ絶望感が少しずつ変化します様に。
コメントありがとうございました。