とらわれない

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<この記事を書いた人>

先日のスクールカウンセリングでの話。

先生が次男の様子を見に、教室に行った時に次男とお話をした時、息子は先生に「僕にパパはいないんだよ」と教えたそうです。

それを聞いて、周りのお友達が「えーなんでー?」と聞いた時、フラットに「死んじゃったんだよ」と言っていたそうです。

それを聞いて、子供ってすごいなと思いました。

長男の時もそうだったのですが、うちの子どもたちは、そのこと自体を昨日の夕食は何を食べた、とかそれくらいの感覚で話すことができるところ。

私なんてとんでも無く悲観して、もうそれこそ悲劇のヒロインで、とてもじゃないけどもう言えません!という鎧を着込んでいましたから。

今となってはフラットに言えるようになってきましたが、それでも、若干構えている自分を感じることがあります。

経験値があまりないとそうなるのか?夫を亡くしたのが幼すぎていないのが当たり前で生きてきているからなのか。。。

でも、周りの人にとても救われているのは確か。

両家のおじいちゃんおばあちゃんも全力で優しく愛情をかけてくれているし、先生も気にかけてくれています。

私は、一人じゃとても無理だから、いろいろな人にたよています。それを感じているのかもしれません。

そうそう、私の尊敬する人から聴いたこと。

「自立」とは、たくさんの依存先を持つことなんだそう。

お願いする先がたくさんあること、つまりは頼っていいよってことなんですって。

なんだかほっとしませんか?そしてハッとさせらた言葉でした。

私は何にもできなくて、いろいろな人に助けてもらいました。

私はまだまだ自立は出来ていませんが、そんな中子供達はパパのことを「昨日の夕食」と同じ感覚で捉えられているのかもしれません。

その感覚に私はとても救われています。

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